『「超」入門 失敗の本質』から学べる7つの教訓

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。”という言葉をご存知ですか?

例えば著名なビジネスリーダーをはじめとする多くの賢者たちは、歴史に精通し、自分の仕事に活かしているのです。

でも、実際に学んだ歴史を現在のビジネス等に活かすことって簡単ではないですよね…。今回紹介する本“「超」入門 失敗の本質”のテーマはずばり!“太平洋戦争において日本はなぜ負けたのか。

そしてその敗因から学べる教訓は何か。”ここで述べられることは、現代の日本企業の組織にも十分に活かせる教訓ばかりです。

本書を読んで、太平洋戦争での日本の大きな失敗から多くの教訓を学びましょう‼︎

1.『大局的戦略の無さ』戦略の失敗は戦術では補えない

「何事も先にゴールを作りましょう!」って事ですね。 戦略の失敗は、戦術では補えません。

ある指標を目標にして、いかに巧みな戦術で戦ったとしても、たどりついた目標が勝利につながらないのであれば全くの無意味ですよね。

本書で一貫して主張されるのは、日本軍の大局的戦略の無さです。行き当たりばったりとでもいいましょうか…。米軍が目標達成につながる勝利が多かったのに対して、日本軍はその逆でした。

戦略とは、目指すべき指標のこと

ドイツ留学し、関東軍の作戦主任参謀を務めた奇才石原莞爾は、日本軍の戦略とは真逆を主張しました。

石原莞爾の指標:国家の国力次第によって、決まる。 日本軍の指標:どこかの戦場で大勝利すれば勝敗が決まる。

石原の指標を選択したのは皮肉にも敵国アメリカであり、どちらが正しかったのかは歴史が語る通りですよね。 両者の指標によって、とるべき戦術は大きく変わります。

石原の指標に従うならば、「持久総力戦」にもちこむために戦争をしない、または現状は「戦線の限定・縮小」をおこなうべきだったのですが、行われませんでした。

2.『思考法の甘さ』勝者となるための思考法


日本軍は、勝者となるための戦略を立てるときの“思考法”に大きな問題があったのです。具体的には、一つの成功体験にこだわり、相手の変化に対して柔軟な対処が出来なかったことです。日本人って、一つの事を練磨することが得意ですよね。

零戦は軽量化を徹底、パイロットにおいては「月月火水木金金」の猛訓練を重ねました。 それに対してアメリカも「戦闘における達人」の育成をしたでしょうか?いいえ、アメリカは全く逆の発想で、「達人を不要とするシステム」で対抗したのです。

操縦技能が低いパイロットでも勝って生き残れる飛行機の開発や夜間視力が低くても敵を捉えられるレーダーの開発です。 ぼくらも一つの事でうまくいったらそれを追求してしまう気持ちにものすごーく共感してしまいます。

零戦が相手の戦闘機を圧倒していたとしたら、それで勝ちきろうと普通は考えますよね。 でも大切なことは、一つの成功体験に縛られないこと。

相手は常に自分に有利なフィールドを作って挑んできます。そこでは昔の成功要因は全く役に立たないということを肝に銘じておく必要があります。

3.『勝利をよびこむ指標のなさ』イノベーションを創造する3ステップ

日本軍に大局的戦略が無かったことは挙げましたが、どこかの戦場で大勝利すれば勝敗が決まると考えていた日本軍には勝利をよびこむ指標ももちろんありませんでした。

どうすれば有利な戦略を生みだせるのか。本書では、その3ステップが紹介されます。

1. 戦場の勝敗を支配している「既存の指標」を発見するステップ 2. 敵が使いこなしている指標を「無効化」するステップ 3. 支配的だった指標を凌駕する「新たな指標」で戦う

例えば、大本営陸軍部第二部の参謀となり、米軍の戦法研究をした堀参謀は、戦闘の勝敗を決定する「指標」を発見しました。

何が指標か見抜け!第二次世界大戦の”指標”は鉄量


それは、「鉄量」です。 米軍の投入した火力の物量によって、日本軍の自陣地は一瞬で吹き飛んでしまっていたのです。堀は米軍の「鉄量という指標」を発揮させない形の戦闘法を考案します。

①島の中央部に陣地を張り、海からの艦砲射撃が効果を発揮させない。 ②米軍への水際攻撃をあえて避ける。

これらの指標の発見及び指標の活かし方によって、日本軍は硫黄島の戦いなどで善戦します

4.『形式のみの伝承』型と外見だけを伝承していないか?

過去の国家間の戦争では勝利を重ねていた日本は、その戦い方に関する形式のみの伝承となってしまっていたのです。

日本軍が日露戦争でおさめた大勝利において、その“勝利の本質”は伝わっていなかったのです。 私達も勝った場合であれ負けた場合であれなぜ、「勝ったか」、「負けたか」を精査して指標は何かを明確に見抜かないといけません。

絶対にね、同じ間違いは繰り返すな!

硫黄島後の沖縄戦では、現地第32軍の八原博通大佐は大本営が提示する「航空戦力至上主義」という過去の成功体験を元にした作戦に疑問を感じ、飛行場守備を放棄するなどの作戦変更を行い、こちらも結果として善戦につながります。

もはや時代遅れの作戦にも関わらず、成功体験のコピーこそが戦略だと誤認してしまうことは非常に危険です。 大切なのは、その問題の本質は何なのか、というところまで深堀し、問題の本質をつかむことです。

5.『組織の無機能さ』優秀な人材を殺す組織の問題

日本軍という組織の無機能さは、敗戦の大きな要因となりました。 本土に本拠地をもった大本営は、前線の兵士達にとって無謀ともよべる作戦を次々に立てました。

①上層部が現場を蔑視していること。②現場の優秀な人間の意見を参照・採用しないこと。が問題でした。

一方アメリカは、現場の意見を積極的にフィードバックすることで勝てる戦略を練り上げることに成功したのです。それは米兵の「評価制度」にまで及びます。

例えばハルゼー中将は、合理的な判断力があり、勇猛果敢な行動力を持つ指揮官として日本軍を苦しめ、「ブル・ハルゼー(雄牛ハルゼー)」との敬称を受けました。

彼は、対戦前は名も無き将兵でしたが戦時中に人事抜擢され、現場で指揮を振るいました。

一方で、日本は上に挙げた石原や堀を冷遇しました。このように能力のある人を採用し、そうでない人物は降格されるという評価制度は、日本軍では当たり前ではありません。

日本軍は結果よりも、プロセスを評価し、個々の戦闘においても結果よりもやる気が評価されてしまったのです。これでは前線にいる兵士もモチベーションが上がりませんよね。

国のために戦って戦果をあげたとしても、大本営の言うとおりに動かなければ評価されないのですから。 それでいて大本営が無能という始末。

今の日本でも、口先だけ上手い奴が上にいく事が多々あります。 リーダーは自分の目で現場を見て、しっかりと評価すること。これが大切ですね。

6.『リーダーの問題』勝てるリーダーの役割とは

前述のように、日本軍のリーダー的組織である大本営の無能さは敗因の大きな一つです。組織が勝つためにリーダーがすべきことは、勝利の条件に最大の注意を払うことです。

一度立てた戦略が間違っていることはもちろんあります。そのとき、更なる努力を部下に要求するのか。自分の戦略が間違っているかもしれないという可能性も考えられるかどうか。

この時、前線で戦う部下のフィードバックを必ず聞くことが大切です。 当時アメリカの軍戦闘機を製造していたグラマン社の社長、ルロイ・グラマンは、自ら戦地に赴いて零戦に対して劣っているという事実を受け止め、戦略を新たに練り上げました。

もし現地に赴かず、「そんなはずはない!」と突き返していたら日本軍にとって非常に有利に働いていたのではないでしょうか。有益な情報というのは、最前線にあるものですね。

7.『リスクから目を背ける』場の空気を大事にする日本人

戦中の日本軍は、起こりうるリスクから目を背けてばかりでした。 日本は集団の和を大切にするあまり、集団の空気や関係性を重視し、安全性や採算性よりも、関係者への個人的配慮を優先してしまいます。

なんせ結果よりもプロセスややる気を評価する組織ですから、そうなるのも当たり前かもしれませんね。

例えば、海軍の伊藤整一長官は、「大和」の沖縄特攻作戦について当然反対の意を持っていましたが、作戦検討で醸成された「空気」を知り、一瞬のうちに意見を180度変えてしまいました。

しかし、反対意見やリスクを指摘する人の存在は非常に大切です。 「状況が実態より良いようなふりをすることは、最終的にはほぼ確実に破滅につながる」このことを肝に銘じておく必要があります。

まとめ

最後に、『失敗の本質』は大東亜戦争で露呈した日本的組織の弱点を指摘する極めて鋭い示唆を含んでいますが、究極の目標は私たち日本人が直面する時代の転換点をのりこえ、新たな繁栄をつかむことです。

今度こそ、歴史から学ぶとは、失敗した時には徹底した分析→指標を見抜いて挑戦したいものです。

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