西郷隆盛について小学生でもわかる様に説明するよ!

西郷隆盛(さいごうたかもり)は歴史の教科書にもでてくるように、あたらしい日本をつくった中心的な人物。

テレビドラマにも登場(とうじょう)するので知ってる人も多いとおもうよ。

でもドラマはストーリーを面白くするために、想像(そうぞう)をいれてつくったもの。

これから西郷隆盛について話すけど、ドラマとはチョットちがうかも知れない。じつはどっちが正しいかは僕にもわからないんだ。

だってネットの記事だって面白くなきゃ読んでくれないから、多少盛るんだよ。

それを判断(はんだん)するのは君たち自身。これはちがうんじゃない?そうかもしれないとか、いろいろ考えるのが歴史の楽しみかたなんだよ。

波乱(はらん)にとんだ西郷の人生

西郷隆盛は3回結婚してる、今でいうバツ2。でもどれも嫌いになってわかれたわけじゃないんだ。

とくに2番めの奥さんとはかなりラブラブだったけど、藩(はん)の掟(おきて)でどうしても別れなきゃならなかったんだ。

また2度も島流しにされ、でも2回とも奇跡(きせき)のふっかつをしているんだ。

生い立ち

西郷は薩摩藩(さつまはん=いまの鹿児島県)の、みぶんの低い藩士(はんし=藩に仕える武士)の家の生まれ。

7人の兄弟姉妹の長男で、冬は1まいのふとんに7人でねて、ごはんの量もいつもかげんしながら食べなきゃならないくらい苦しいくらしだったんだ。

子供のころは、からだが大きいという以外は、あまりしゃべらない控えめの性格で目立たないタイプ。

でもケンカは強かったみたいで、あるとき悪ガキに刀で切りつけらて傷をおったけど、相手をなげとばし、何事もなっかったように家に帰ったっていうんだ。

最初の結婚

さいしょの奥さんは須賀(すが)というなまえで、ひとめぼれだったって話しもあるけど、どうやらあやしい。

結婚してすぐに祖父(おじいちゃん)と父母が、たてつづけに亡くなって大変なのに、

さらに西郷は君主(さつまの殿様)の命令で江戸(いまの東京)詰め、いまでいう単身赴任(たんしんふにん)をいいわたされたんだ。

結婚して数ヶ月のうちにはなればなれになり、家を守るため奥さんの仕事はものすごく増えて苦労することになったんだ。

いつ江戸からもどれるかわからない、奥さんの苦労を見かねて2年あまりで離婚(りこん)したんだ。

1回めの島流しと2度めの結婚

ふつう「島流し」とは罪をおかした人が、そのばつとして島に流されるんだけど、

西郷の奄美大島(あまみおおしま)への島流しはカモフラージュだったんだ。

幕府から反逆者(はんぎゃくしゃ)あつかいをされ、命が危険になった西郷をかばい、自殺して死んだと見せかけて身をかくすための島流し。

そのくらい西郷は藩にとって重要なひとになっていた。だから罪人とちがって島ではわりと自由だったんだ。

2度めの奥さん愛加那(あいかな)

島民ともすっかり親しくなった西郷は、有力者のむすめ愛加那(あいかな)と恋に落ち2度めの結婚をしたんだ。

島での3年間のあいだにふたりの子供もでき、しあわせなラブラブ生活だった。

そうこうするうちに政治のじょうせいも変わり、

幕府と立ち向かっていくために西郷の力がどうしても必要になり、薩摩に西郷をよびもどすことになったんだ。

しかし藩の制度で島妻を連れかえることは禁じられていたんだ。

こうして西郷は政治の世界に奇跡のふっかつをしたけど、愛した愛加那(あいかな)や子供たちとは別れることになったんだ。

2回めの島流し

しかし君主の久光(ひさみつ)公は、まえの君主の斉彬(なりあきら)公に才能をみとめられ可愛がられた西郷をしっとしてきらっていたんだ。

また西郷のほうも久光(ひさみつ)公の政治のしかたが下手なので、ずけずけとアドバイスや忠告をしたので、

ますます険悪(けんあく)な関係になっちゃった。

そして久光公が上洛しようとしたとき、反乱軍とみなされる危険があったので、西郷は先きに単独で上洛したんだ。

藩を助けるためにやったことだけど、久光公は逆にカンカンにおこって、西郷を罪人として島流しにしたんだ。

沖永良部島(おきのえらぶじま)〜2度めの奇跡の復活

前の奄美大島のときとちがって、重罪人としてさらに南に遠い沖永良部島(おきのえらぶじま)に流されちゃった。

こんどは雨風がはいってくるような牢屋(ろうや)に、監視(かんし)つきでとじこめられたんだ。そこで西郷はじっとたえていた。

そのころ天下の情勢は外国からの脅威(きょうい)もあり揺れに揺れていた。

こんなとき久光公ではたよりない、西郷がいてくれたらと藩士たちが命がけで君主に嘆願(たんがん=願い出ること)したんだ。

こうやって西郷はふたたび政治の世界に、歴史上めずらし奇跡の復活をしたんだ。

3度めの結婚

こうして新しい日本を作るため忙しくかけまわっていた西郷は、3度めの奥さん糸子と結婚したんだ。

このとき西郷は37才でバツ2、糸子は21才でバツ1おなじくバツどうし。

糸子はしっかりもので、さらに2度めの奥さん愛加那(あいかな)の子・菊次郎やその妹まで引き取るこころの広いひとだった。

だからこそ西郷は安心して明治維新(めいじいしん)の仕事にぼっとうできたんだね。

まとめ

明治維新をなしとげたけれど、そのごの明治政府の方針や要人の腐敗(ふはい)に反発し政府をやめてしまい、

最後には反逆者(はんぎゃくしゃ)の汚名をきせられ西南戦争で自決した。

波乱にとんだ人生だけど、これほど人に愛され親しまれ、また頼りにされた政治家はいないんだ。

政治が迷路にはまり込むたびに「西郷だのみ」っていうことばがあるくらいなんだ

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