石原莞爾について最終戦争論とは?初学者にもわかりやすくまとめてみたよ!

石原莞爾(いしわら-かんじ)は明治〜昭和前期の軍人で、満州事変をおこした人物。

若い人にはあまり知られてないひとだけど、日本の教科書では謀略(ぼうりゃく=満州事変)によって満州国がつくられたってことで、

それをせんどうした石原莞爾は悪のイメージがつよいんだ。でもほんとうにそうなんだろうか?。

かれの書いた最終戦争論をひも解くことで、そのプロファイリングをこれからしてみたいと思うんだ。

最終戦争論

この最終戦争論は昭和15年(1940年)に石原莞爾が京都で講演したないようをもとに書かれたものなんだ。

昭和15年といえば日本が太平洋戦争に突入する直前、軍部がイケイケどんどんで戦争(侵略)を拡大しようってフンイキの中、

ちょっとまてよこれからの戦争はそんな甘いもんじゃないよって唱え、日本だけじゃなく世界のありかたを変えるような壮大な内容なんだ。

古代の戦術から現代にいたるまで、仏教の考えもいれながら近い将来におこる.最終戦争を予想した予言なんだよ。

それではその内容をかんたんにまとめてみよう。

戦争の形の変化

戦争は武力を使うのはわかりきったこと。その武力の価値が高い戦争と低い戦争の2種類あるっていうんだ。

ひとつは武力を直接ぶつけあってたたかう、それは短期的に決着がつく男性的・陽性の戦争=武力の価値の高い決戦戦争。

もうひとつは武力だけでなく政治的かけひきで決着をつけようとする女性的・陰性の戦争=結果的に戦争がながびくので持久戦争。

この2つは時代背景によって変ってきた、世界の戦争の歴史は決戦戦争と持久戦争の時代を交互にくり返してきたっていうんだ。

ギリシャ・ローマ時代(中世)の戦術

古代〜中世の戦争は騎士どうしが武力と武力でちょくせつ戦って決着をつける男性的な短期決戦。

アレキサンダーの戦いやジュリアス・シーザーの戦い方などがそうだよね。

日本でもその時代、戦国時代〜明治維新までは武士と武士がちょくせつ刀やヤリで争う短期決戦が主だった。

ヨーロッパではそんな決戦戦争の時代が古代〜中世まで約千年つづいたんだ。

戦術を一変させた鉄砲

ところがルネッサンス(文芸復興)の時代になると、その戦術を一変させることがおきたんだ。

それは科学技術の革新によって鉄砲が発明されたことなんだ。

それはいままで先祖代々武勇で名のある騎士でも、平民の撃ったたった一発の弾丸でやられちまうってことなんだ。

つまり個人の武のつよさが、戦闘ではあまり役に立たなくなったんだ。

そこで一気に正面から攻め切ることができず、そのごの戦争は「三十年戦争」や「七年戦争」のように、ながびく持久戦争の時代になったというんだ。

日本でも戦国時代の武将・織田信長がポルトガルから伝わった鉄砲(種子島)を戦闘に取入れ戦術がいっぺんしたのは知ってると思う。

フランス革命〜ナポレオン

フランス革命は、18世紀後半(1789年〜1799年)それまで民衆を苦しめてきた封建制度にたちあがった市民革命。

そんなとき、台頭したのが天才軍人ナポレオン・ボナパルトなんだ。

このナポレオンの戦術はそれまで常識化した持久戦の考えをまったく無視して、

重要なポイントに兵力を集めて敵線を突破し、逃げる敵をどこまでも追っかけて行って徹底的にやっつける戦法。

この戦術が成功したのをきっかけに、そのごの戦争は持久戦争から、また決戦戦争の時代に移ったというんだ。

第一次世界大戦

これは1914年におきて、おもにヨーロッパの国々をまきこみ四年半つづいた大戦。

これを石原莞爾は持久戦争だといってるんだ。4年半というのは「三十年戦争」や「七年戦争」にくらべりゃ短いんだけど、中身がちがうっていうんだ。

昔の戦争は冬の間はおたがいに戦闘をを休む、半分は休みがあった。

でも第一次世界大戦は休むまもなく戦闘がれんぞくした、つまり4年半は決して短くない、当時の10年以上にも匹敵する持久戦争だっていうんだね。

その理由は兵器の進歩にある。鉄砲→機関銃→大砲→戦車というように兵器がかわってきた。

また戦争のあいだにもどんどん兵器が進歩し、それに対抗する兵器を考えなきゃ負けてしまう。そうするうちに長引くっていうんだ。

 

最終戦争

それじゃあこれからの戦争〜最終戦争はどんな形で、いつおこる?

戦術の変化でみると、ローマ時代〜ルネッサンス(決戦戦争の時代)が千年、フランス革命までの持久戦争の時代が300〜400年、

第一次世界大戦までの決戦戦争の時代が125年、いまはまた持久戦争の時代なんだけど、次の戦争はかならず短期的に終結する決戦戦争。

どんどん戦術の変化の期間が短くなっていることと、兵器の進歩が急速になることを考えれば、50年以内に最終戦争になる。

またその戦争は、今まで想像もできないような兵器によって、兵士だけじゃなく、女・子ども・国民をも戦渦にまきこむ。

それはこれまでの戦争は地上や海上での2次元の戦闘、

でも航空機が発明されたことで戦争は3次元の戦いになり、またその進歩のスピードはとてつもない。

想像をこえる大量破壊兵器によって最終戦争の決着がつくって予想してるんだ。

この予言はまさに的中、50年もたたないうちに第二次世界大戦で世界中の都市が空からの爆弾によって炎上したんだ。

日本でも東京大空襲や広島、長崎の最終兵器ともいわれる原子爆弾により一瞬にして廃墟になってしまったんだ。

石原莞爾(いしわら-かんじ)の言いたかったこと

 

石原莞爾は軍人、戦争をたたかう立場のひと戦争をやめろとはいえないんだ。でも本心では平和なせかいが来ることを願っていたんだ。

最終戦争論のなかでも最終戦争で勝利し世界を統一すれば平和がおとずれるはずと言っている。

日本の歴史でも戦国時代、織田信長からはじまり豊臣秀吉にうけつがれ、

最後に徳川家康が勝って天下を統一して、それから平和な江戸時代が265年間もつづいたじゃないかって。

また最終戦争は日本を含む東アジア連盟とアメリカとの戦いになる、その勝者が世界をにぎって平和をもたらすとも予想してる。

もちろん日本を愛していた軍人石原はアメリカが勝つことはイヤだったとおもう。

だからこそアジアの国を侵略するんじゃなく協力・連携することを進言したり、日本を守るために軍の上層部に反対したりしたんだ。

満州国建国の意味

石原莞爾は満州事変をおこし満州国建国をすすめた首謀者のひとりにはまちがいないんだ。

軍部はこれを足がかりとして中国を手に入れようとしてたんだ。

でも石原はいつ攻めてくるかも知れないロシアに対し、(日、満、漢、朝鮮、モンゴル族)5族協同の独立国をつくって防波堤にしようとしたんだ。

また満州と自由に貿易ができれば、資源の乏しい日本にとって有益、そのための建国。

だから軍部の中国侵攻には猛反対したんだ。

けっこう石原は軍のトップだろうがおかまいなく、ずけずけと物をいうタイプで、それがもとで後には左遷させられたらしいんだ。

東亜(東アジア)連盟

ヨーロッパやアメリカの生産力や軍事力は強大。それに立ち向かうには日本一国では太刀打ちができない、

そのためにアジアの民族が団結しあうことが大切なんだっていうんだ。

それは占領して従わせるんじゃない、それぞれの民族と対立するんじゃない、

おたがいの文化や人民を尊重しあって、あたらしい東アジア民族統一の道徳(意識)をつくりだすことだ。

そうしなければ欧米より遅れている科学力や生産力を向上させることはできない。

最終戦争で勝つためには、アジアを日本が征服することじゃなく、東アジアが共同体となって欧米に立ち向かう、日本はその手助けをすべきだっていっているんだね。

まとめ

石原莞爾は軍人ではあったけど、人間としては平和を愛する人だったように思う。

天才的な分析能力や予想能力を理解して活かせる政治家が、もしその時代にいれば最終戦争、太平洋戦争のかたちは変っていたかも。

また石原莞爾の教科書での評価やないようも変わっていたかも知れないんだ

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