ルロイ修道士のモデル「ブラザ ー・ジュール・ベランジェ」ってどんな人?わかりやすく解説するよ

ルロイ修道士とは井上ひさし氏の短編小説「握手」の登場人物。

ものがたりは仙台の天使園という児童養護施設(昔は孤児院といっていた)にいた「わたし」が、

カナダから来日してそこの園長をしていたルロイ修道士とレストランで久々に会って話すという内容なんだ。

じつはルロイ修道士はジュール(サルト)・ベランジェという実在の修道士をモデルにしていて、作者の井上氏も高校卒業まで仙台の天使園の園児だった。

だから「握手」は自身の回想をもとにした小説。つまりルロイ修道士は「ブラザ ー・ジュール・ベランジェ」の人物像そのままなんだ。

ブラザ ー・ジュール・ベランジェとは

ブラザ ー・ジュール・ベラジェは宗教名(キリスト教)で本名はサルトというんだ。ここではその波乱に満ちた人生を

話してみようと思う。

生い立ち

サルトの生まれはカナダ・ケベック州ベランジェ農園で1913年6月10日

ジュール家の14番目の子どもで、なんと兄弟姉妹が17人もいる大家族だったんだ。

子供時代は家族からとても可愛がられていたけど、農園の仕事にはほとんど興味がなかった。

むしろ人々と交わることや、すぐに役立つことに興味を持っていた。

そこで中等学校に進学すると勉学の期間が長くなるので、16才のとき初めてブラザーの修道服を着、修学院へと進んだんだ。

宣教師への道

こうして修道士をつづけていたブラザー・サルトだが、26才のとき宣教師になることを決意するんだ。

宣教師とはキリスト教が広まっていないところへ行って布教活動をする。つまり欧米圏ではない未開な国へゆき、祖国をはなれて活動するということ。

今のようにグローバルに色んな国を行き来できない時代に、異国にわたることは2度ともどって来れないかも知れない、

ことばや習慣もちがう、人種もちがうそんな環境に飛び込むのは相当の覚悟が必要なんだ。

それでも神様には布教がどうしても必要、私にできることを他の人にまかせておいちゃいけないと宣教師になったんだ。

こうしてヨーロッパに戦争の嵐が吹き荒れていた1940年の秋、とうじ日本が統治していた満州国(中国の北部)に赴任したんだ。

戦争そして強制収容

ところが1年後、日本は真珠湾を攻撃して米英と戦争になり、外国人はすべて逮捕されたんだ。

ブラザー・サルトも捕虜(ほりょ)となり、あちこち転々と移動され最後は横浜から50kmほどの山北村の強制収容所に入れられたんだ。

そこはあらゆる人種、あらゆる宗教、あらゆる状態の人々が雑居する過酷なところ。

でもサルトはいつも微笑みをたやさず、ユーモアを交えた会話で座をなごやかにし、なかまを励まし、だれもが嫌がる仕事をすすんでやったり、

食事にもいちども文句をいわなっかった。しだいに人々は、収容所の警備員までもがサルトを尊敬し崇拝するようになったんだ。

「日本人を初めて好きになったのは山北の収容所時代です。日本人も戦争のために苦しんでいることに気付いたからです。」と後にサルトはいっている。

終戦、カナダへ帰国〜再び日本へ

1945年8月15日日本が無条件降伏して戦争が終わった。ブラザー・サルト達も収容所から解放され、健康と体力を回復するため、カナダに帰国した。

そして3年がたち十分に体調がもどったサルトは日本に行きたい気持ちがつのり2人のブラザーとともに再び日本にもどったのです。

ラ・サール・ホーム「天使園」建設

ブラザー・サルト達3人の日本にもどって最初の仕事が、仙台で児童養護施設(孤児院)をつくることだった。

当時の日本はようやく復興が始まったばかりで、食料と生活物資はほとんど無いにひとしい状態。

敷地内の木を切りたおして建築用の木材にしたり、日本では入手できない釘などの物資をカナダから取り寄せたり、

ブラザー達は熱心にはたらき、困難を切りぬけたんだ。はやく困っている子どもたちを助けたい一心で、サルトは仕事に全身全霊を打ち込んだ。

苦労も多かったけど、すこしでも神の教えに近づける喜びで一杯だったんだ。

「天使園」での9年間

1950年37才になったブラザ ー・ジュール(サルト)・ベランジェは「天使園」の園長を任命された。

ここにはいってくる園児は、親のいない子どもや、親が子どもを育てることができない事情の児童ばかりなんだ。

そんな境遇の園児たちをスクスクと育てようと、あるときはきびしく、それでもユーモアを忘れずに、愛をもって接したんだ。

園児たちからは『ジュルっこ』とよばれて親しまれ、ここでのエピソードが小説「握手」の舞台になっているんだ。

いまでは拇指(おやゆび)をうえにピンとたてて「イエー!」という指ことばはわりとポピュラーになってるけど、

当時の日本ではめずらしい、はじめて接する表現方法。それで園児たちはジュール(サルト)の指ことばを面白がってマネをしたんだね。

「握手」の作者・井上ひさし

井上ひさし氏もこの「天使園」の園児だった。

かれは父親の家に入れてもらえなかった私生児で、兄弟は3人いるんだけど母親ひとりでは3人は育てきれず、この園に預けられることになったんだ。

小説の中で語られてるんだけど、入園のときのルロイ園長の握手は「万力よりも強く」、腕がしびれた。

だけどレストランで久しぶりに会ったルロイの握手は「昔は痛いほどだったが今は実に穏やか」と書いている。

これが小説のタイトル「握手」、全身ガンにおかされ死を覚悟していても、おだやかな心の、おだやかな握手。

注文したオムレツがくると両手をすり合わせるが、昔のように「ぎちぎちとは鳴らない」。

別れぎわに「死ぬのは怖くありませんか」とたずねると、「天国へ行くのですからそう怖くはありませんよ」。

「(天国は)あると信じる方がたのしいでしょうが」……そのために「神様を信じてきたのです」

まとめ

めぐまれない境遇に生まれた「天使園」の園児たちが、ひねくれもせず、曲がった道にもそれずに育ったのは、ブラザ ー・ジュール(サルト)・ベランジェの愛。

いつもユーモアをわすれずに、だれをも憎まずに友のように接するこころの広さなんだね。

戦争中の収容所時代に日本の監督官に潰された人差し指。

ひどいことをした日本を憎んでもよいはずなのに、そのひとをさして、日本人を代表してものを云うのは傲慢だ。

日本人とかカナダ人とかがあるのではなく、「一人一人の人間がいる」だけなんだ

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