明智自然(あけちじねん)って明智光秀の息子なの?歴史が苦手な人にも面白く解説するよ!

明智光秀は本能寺の変で織田信長を謀反(むほん)でたおした人物として有名だよね。2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎(なおとら)」に光秀の息子として登場する明智自然。ここでは自然(じねん)という人物を中心に、ドラマで描かれている歴史、史実として伝わっている歴史、そのナゾ・疑問や真実に独断と偏見を交えてせまってみたいとおもうんだ。

歴史とは

学校で教えられた歴史、本で読んだ歴史、それってほんとうにあった出来事、真実だと思う?

じつは「真実とおもわれる出来事」、「正しいと見られている伝承や記録」これが歴史の本質なんだよ。

え〜っそれじゃ歴史のテストで学んだ通りの答えを書かないとバツになるのは何故?

それは教科で教えたことを正しくおぼえているかを試すのがテストだからさ。歴史そのものの真偽をテストしてるんじゃないんだよ。

「歴史は真実」という大前提をまず捨てて、「歴史は真実ではない」って気持ちで、あたまを柔らかくしてこれからの話しをきいてほしいんだ。

明智自然(あけちじねん)は実在したの?

大河ドラマではその後半で登場する明智自然(あけちじねん)。

井伊谷(いいのや)の井戸端に座り込んでいるところを井伊直虎(いいなおとら)に保護される子供。

捨て子とおもわれていたけど、のちに明智光秀の子であることが判明するんだ。ここまではドラマの中の話し。

それじゃ史料や伝承記録ではどうなっているんだろう。

明智光秀(あけちみつひで)には家系図や「明智軍記」という資料が残っている。そのなかでは子どもは6男7女の13人。

五男(諸説あります)に自然(じねん)という人物があって、子どものころは十次郎と名乗っていたともされているんだ。

また次男に明智定頼という人がいて、幼少時には自然丸、十二郎と名乗っていたって説もあるらしい。

この次男も五男も父・光秀の自害のあと1582年にふたりとも死亡したとされている。

そんな資料があるからドラマでは光秀の息子として描かれているのかもね。

でも、そもそも明智光秀は、資料があまり残っていないのでナゾだらけの人物なんだよ。

家系図や「明智軍記」にしても、ほんとうの記録なのかどうか怪しい代物。

ようは自然(じねん)が実在したかなんて、誰にも分からないってのがほんねなんだ。

井伊直虎(いい・なおとら)

井伊直虎(いい・なおとら)は大河ドラマの主人公。

戦国時代から安土桃山時代にかけて、遠江井伊谷(いまの静岡県浜松市の北)の女でありながら城主となった人物。

おんなながらに戦国の武将たちに立ち向かうなんてカッコイイよね。

ドラマでは自然(じねん)を引き取りあずかったんだ。

そして本能寺の変で信長が殺害され、織田の者が謀反の宿敵である明智光秀の子を渡せと迫ったとき、

自然(じねん)の身をあんじた直虎は、この子は信長の子であり、証拠として信長からもらった「天目茶碗」を見せて、織田勢を追い払ったんだね。

それじゃあ歴史の史実ではどうなんだろう。じつは井伊直虎にまつわる史料は、なんとたった一通の書状しか残っていないんだよ。

江戸時代に書かれた『井伊家伝記』のなかに女性ながら井伊家当主になったと書かれてる井伊直盛の娘、次郎法師(じろうほうし)が直虎と同一人物じゃないかといわれているだけなんだ。

『井伊家伝記』そのものも後に書かれた物で、真実かどうか疑わしいんだって。

ようするに直虎の存在自体もナゾってことなんだ。

歴史ドラマとは

そもそもドラマはフィクションで作りばなしってことはみんな知ってるよね。

でも歴史ドラマっていうとなんとなく昔にあった史実を再現したドラマってイメージがあるんだけどちがうの?

学校で習った「歴史」ってことばのイメージからそう思いがちなんだけど、歴史ドラマには大まかに分けて次の3つのパターンがあると思うんだ。

①伝記や史料に基づいて、わりと忠実に表現した正統派の歴史ドラマ。

②常識とおもわれている歴史のうらに隠された真実を、見かたをかえてあばこうとする推理歴史ドラマ。

③突飛な発想やインスピレーションでストーリー性を高くしたフィクション歴史ドラマ。

それをもっと発展(タイムスリップなどで)させたのがSF空想歴史ドラマ。

その分類でいえば、大河ドラマ「おんな城主 直虎(なおとら)」はどちらかというと②と③の間くらいかな

直虎(なおとら)や自然(じねん)はフィクション?

いままでの史実や史料を検証した限りじゃ、直虎(なおとら)も自然(じねん)もものすごく不確かなナゾのおおい人物。

だからこそフィクションや突飛な発想をつくりたくなる素材(人物)ってことなんだ。

あまりにも史料や史実の記録がおおい素材だと、前の分類で②の推理歴史ドラマどまりになっちゃって、ストーリーの面白さやふくらみが少なくなってしまうからね。

だから自然(じねん)は実在したと仮定したうえでドラマを展開したんだ。

登場人物も、名前は歴史上の人の名をつかっているけど、人物像、性格、その関係や設定はほとんどがフィクションなんだよ。

つまり歴史ドラマは見ているものを楽しませるために作られるもので、歴史の教材じゃないんだよ。

歴史は真実ではない

「歴史は真実ではない」なんて言うと怒られちゃいそうだね。

でもよ〜く考えてみて!いまから何百年、何千年もまえのはなしを、だれが知っているって言うの?

だっていろんな文献や史料が残っているじゃないっていうけど、それじゃそれを誰が書いたの?

みんな後になって他人が書いたんじゃないか。ホントの真実は本人以外に知る人はいないんだよ。

自分で書いた自伝が残っているじゃないかっていうひともいるよ。でも自分でじぶんのことを書くとき、真実をかくって保証はどこにもない。

たいてい美化して書くんじゃないかな。またホントに本人が書いたって証拠があるの?

筆跡があるっていうけど、筆跡をまねることができる人っていっぱいいるんだよ。

こうやって考えると疑問がどんどんふくらむんだ。いま私たちが常識とおもっている歴史は本当に真実なんだろうか。

ひょっとして歴史ドラマのフィクションがじつは真実、直虎(なおとら)や自然(じねん)は実在したのかも知れないよね

忠臣蔵

みなさんがよく知っている「忠臣蔵」これは江戸時代・元禄(げんろく)のころに起きた赤穂事件をもとにつくられた歴史ドラマ。

赤穂の城主、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)のいじめにたえかねて、斬りつけて切腹させられた。

その恨みを晴らそうと家臣の47士が討ち入りをしたってストーリーだよね。

赤穂事件は史実としてあるんだけど、その詳細は不明なのが事実。ストーリーは後の人が赤穂浪士を美化したフィクションなんだ。

このように歴史の中にはフィクションが入り混じって、どれが真実なのか分からないことがいっぱいあるんだ。

また別の例なんだけど、鎌倉幕府が成立したのは1185年って今は教えられているけど、

少し前までは1192年「イイクニ(1192)作ろう鎌倉幕府」って語呂合わせで覚えさせられたんだよ。

1192年から1185年に変っちゃたんだ。1185年さえもいまだにもめているんだ。そのくらい不確かなものなんだよ

歴史の証明

いま話題になっているアメフトの悪質タックル問題、森友・加計学園の政治問題。これらの真実はいったい明らかにされるんだろうか。

たとえこたえが出たとしても本当の真実は本人以外には分からないと思うんだ。

これが50年100年たったときにどんな風につたえられているんだろう?

まわりのひとが真実はこうだとか、ああだとかいった記録がひとりあるきして、

後世ではハッキリしたことが分からずに、それが史実になって歴史がつくられちゃうんじゃないの?

ビデオやコンピューターなどの記録媒体がいっぱいある現代でさえも、真実をつきとめるのがむずかしいのに、昔の歴史が真実だって誰がどうやって証明できるっていうんだろう。

 

 

 

 

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