ぼくは資本家になりたい

「この国でサラリーマンをしても報われないんじゃね?」

「少子高齢化が止まらない日本でさ、、今の時代サラリーマンなんかやってる人間は負け組だろ?」

これは大学生の頃に僕が思ったり、ぼんやりと感じていたことです。

社会人ではないぼくが、当時様々な情報や出会う人々を観察する中で想像も含め構築していた考えなのですが、

サラリーマンとなり日々働く上で、その想像から生まれた考えは断固たる確信へと変わりました。

今の僕はサラリーマンだ

ってかぼくも残念ながら今は人生の負け組の一人なんですよねwww

だって確信を得るまでは、サラリーマンとして、会社の一員として働くことに
強い疑惑はなかったんですよ、

理由は心のどこかに「負け組」だということは何かの間違いであってほしいという気持ちが少なからずあったんですよね、笑

んでもって、
なんとなく会社員の道を選んでしまったのです。

それに加えサラリーマン以外にお金を稼ぐ術を持つようにと積極的に指南する人間が僕の周りには少なかったんですよ笑

ってか、誰一人としてそんな事を子供に言う大人はいなかったと思います笑

僕の周りにはサラリーマンという労働者になる事が必然で正しいと信じて疑わない人ばかりだったのです。

しかし、その中で日々感じるのは
サラリーマンでは、お金持ちにはなれず
消耗してしまうだけだってことでした、

だからぼくは新たに決意しました
「ぼくは経営者になりたい」、と

経営者とサラリーマンの関係

ぼくは経営者になりたい、と書きましたがでは僕のなりたい経営者とは一体何なのでしょう?

ごくシンプルに言うと「経営者、つまりはお金を生み出す”資本”を持った経営者」のことです。

そしてこの資本がある経営者とまったくの正反対に位置しているのがサラリーマン、つまりは労働者です。

つまり「お金を生み出す資本を持たない代わりに、時間を差し出し労働をしてお金を得る人。」ですね。

ここらは、マルクスやピケティなど
見たらよーく
わかります、

簡単に説明しましょう、

現在の社会は労働者が作り出す財やサービスを資本を持つサラリーマンが取得する仕組みになっています。

サラリーマンは自分の時間を使って限りある時間や労働力を差し出すことと引き換えにして、

お金を賃金と言う名目で受け取る契約を経営者と結んでいるのです。

サラリーマンは報われない

一見とても自然なようですね、「自分が生活するために働いて何が悪いんだ」と思われる方もいるでしょう。

自分の生活のためだけだと信じて何も疑わない人を説得するつもりはありません。

ただ、少しでもこのシステムに疑問を抱く人に僕は訴えたい。

あなたはただ「経営者の為だけに、歯車となって働いている」のだということを

経営者から毎日8時間、いや軽く10時間は超える賃金労働を命じられ、時にはサービス残業などと「聞こえの良い無賃金労働」をも命じられ、

その命令に従わなければ経営者にとっては利益を生み出さないので、ルール違反だの規約違反だのと言われて賃金を支払ってくれないこともあるのです。

「経営者の働け!」という命令に従う対価、言い換えたら我慢代としてお金を貰うのが労働です。

命令に逆らおうものならクビになる、労働階級者は常にその弱い立場なのです。

それを守ろうと組合などの救済システムが形ばかり存在しますが、資本家の方が力関係はいつの時代も上位なのは変わりません。

泣き寝入りをするのは
労働者階級の方が圧倒的に多いはずです、

ここまで言っても
働くってそういうものでしょ、と分かった口を聞く方もいるでしょうね(^_^;)

だけど、この経営者の命令は絶対だという構図に嫌気を指しているぼくのような人間もいるんですよ笑

多くの人は嫌気を指していても、その心に蓋をして我慢を見て見ぬ振りをしているんだろうねw

従順になるよう既に教育されているとも言えますが

サラリーマンは命を差し出している

僕は、資本家に雇われたサラリーマンに成ることは、自分の命を会社に捧げていることと何ら変わりははないと思うのです。

そして僕は僕の命を会社に捧げるような「惨めな生き方はしたくない」と、そう思っているのです。

限りある命を何に差し出せるか

労働とは物やサービスなどの価値を作り出すことですが、その中には自分の時間、

つまり「寿命」も含まれており、その寿命も一つの価値として資本家に売りお金をその引き換えにもらっているんですよね。

このような方法でお金を得ている人達、一般的に会社員の人達は、経営者や
資本家に全面的に頼り

かけがえのない、自分の寿命を捧げるようなことでしか生計を立てられない人であるのは紛れもない事実です。

これはもはや人生の負け組ではないでしょうか?

勿論、一部の例外は存在します。
例えば、自分のやりたいことが会社という組織を通さないと実現できない人。

会社で仕事をするのが楽しくて仕方がない人。

会社の組織の仕組みの中で、その一員として働くことにやりがいと生きがいを感じている人。

これらに当てはまる方は自分の寿命を実に有効に使っていらっしゃいますので、負け組ではないでしょう、

むしろしっかりと自分のやりたいことをされている人生の勝者です

ところが悲しいかな、、、このような方に僕はあまりお会いしたことがないのです。

大体のサラリーマンが口を開けば「会社辞めてぇ、」「明日休もうかなあ。行きたくないなあ」です。

仮にもぼく自身、慶應に行っていたので、いわゆるみんなが知っているような大企業に知り合いはいますが

体感8割強はこんな感じなんです、、
もはや、これは奴隷以外何者でもないと言われても仕方がない気もします、

つまり、彼らは会社のために働きたくはないが、生きるためには仕方がないという思いを抱えながら

自分の寿命を自分の為に使わず会社の為に使い縮める行動を自らとっているんですよね、

僕も会社を辞めたかった人間の一人ですので、上に書いた気持ちは痛いほど理解できるんです、

更に言えば命を捧げてまでいるのに、資本家はサラリーマンを完全に守ってはくれませんからね

サラリーマンは代替可能な歯車

よく「俺が居ないと現場が回らない。」とか「あなたしかこれをできる人はいません。」とか聞きますが、

うぬぼれてはいけません。現場が滞ることもなければ、あなた以外にもできる人は山程いるのが現実です。

所詮は雇われサラリーマンです。代替は次から次に現れますよ。高い役職に就いていたり重要なポジションを任されているからと安心していてはいけません。

そんなもの誰かがちょっと研修を受けて会社内スキルを築けば、思っている以上に簡単に代替可能なのです。

今の時代でも、大企業に入りたいって若者も沢山いますからね、
それが現実です。

サラリーマンである事に恐怖をかんじる

あなたは自分の代わりはいくらでもいるという環境、

いつ放り出されても不思議ではない環境で経営者に命を捧げることにあなたは恐怖を感じませんか?

会社内で身につくスキルは、
会社の外では役立たないことが
多いはずです

スキルなしで
年だけを取っていくのは
何より恐ろしい、、

自分の力だけでは、生きられないって
ぼくはとても恐ろしいことで損だと痛感している日々です。

ぼくたちが受けた教育はサラリーマンになるようになっている

このようなら経営者に寿命を捧げる自己犠牲の人生を何の疑問も感じずに、自然に選択してしまうのはなんでなんでしょうか?

やはり、教育ではないでしょうか、?

思考回路の人間を作り出すその原因の一つが教育の在り方です。
教育現場に責任があると思います。

皆さんは幼少期の時に、キャリア形成を考えるような時間を与えられたでしょうか。

殆どが良い高校、大学に進学しなさい。そうすれば良い会社に就職できますよと、親や教師に言われてきませんでしたか?

若い世代〜特に高学歴な人はわかると思いますがこれって意味がない、時代遅れな教育なんですよね、

そして「良い」と言われている敷かれたレールの上に乗るための教育システムの元であなたは勉強を押し付けられ強要されてきたのではないでしょうか、?

つまり何が言いたいのか、、

つまり、義務教育とは「最初から会社に命を捧げて働くことが当たり前だ」という考えの元になっているんです、

中・高校は文句を唱えない優秀な労働者を育成する大切な時期ですね。いうならば刷り込み教育期間です。

義務教育では小学生から「苦しみに耐えて我慢する耐え抜くことが大事」「協調性が大事みんなと同じように振舞え」というのを、これでもかと言うくらい刷り込まされるます

「頭がいい方は知っているかと思いますが実際、義務教育などの指導要領は
経営者側の経団連が文科省に要請しているんですよね。

つまりは、国家の公認でなるべくして
サラリーマンに押し込まれる教育をされているんです」

大学になってもその刷り込みは覚めることはありませんので、皆、一生懸命に良い会社に就職しようと奮闘するのです。

今考えてみたら、安易な考え方ですが、
ぼくだけではないはずです、
サラリーマンに押し込むために協調性を

求められ、周りと合わせることを求められる日本の子供では、

ビジョンもなく学校→サラリーマンへ
漠然とすすむ位しか、将来を想像できないのも無理はありません

眼を覚ませ、サラリーマンは報われないぞ

しかし中には何かが違うと気付き、人生を模索し始める人間もいます。そういった少し賢い人間には、親や先輩会社員の悪魔の囁きが待っています。

「会社はね、社会の仕組みを知るには調度良い機関なんだ。何かを始めるにしても、その仕組を体験してからにした方が良いよ。」

「学生と社会人は違う。会社に勤めれば社会人として一人前に成長させてくれるんだ。人生の糧になる。」と。

こうしてぼくたちは資本家に搾取されるレールに戻されるわけです。

資本家にとってこの世の教育ほど素晴らしいものはないでしょうが、それを知らず、

資本家として目覚めない人間にとって、この教育は労働者ロボットを作る教育でしかありません。

教育現場が犯した過ちは、非常に罪深いものではないでしょうか。

今の大学生に言いたいこと

ぼくは今の大学生に言いたいことがあります。それは、会社員として生きる以外の術や不労所得を今のうちに探して下さい。

そして収入源を複数持つようなシステムを自分の人生に取り入れて下さい。そのシステムを一刻も早く築いて下さい。

労働者としてだけの人生ではダメですよ。ということです。

詳しくは、これから書いていきますが
少子高齢化が止まらない現状では
一層、サラリーマンが報われない時代になります。

だから、あなたにもサラリーマン以外の”しくみ”を持って欲しいのです。

その方法は合法であれば何でも良いのです。今だったらブログや、アフェリエイトとか種類がたくさんありますよね。

それこそが僕が言う勝ち組への道につながると考えています。

あなたは「働く」に本当に向き合っているのか

ぼくたちは、よっぽどのことがない限り
「働く」ことから逃れる事は出来ません
だからこそ、

時間の制約を受けることなく、誰に命令されることなく、寿命を誰かに捧げることなく、

自分自身の為に生産をし、お金を得る仕組を築き上げることが真の勝ち組であるはずです。

これが僕の意味するところであり、ぼくが大学生の内になぜやっておかなかったのだろうと後悔しているところです。

学生時代にはたくさんの時間がありますが、社会人になると、その時間はなかなかないのです。時間の取れる時にやっておくべきだした。

今、学生の方。旅行に行ったり遊んだりするのは後でも十分出来ます。

むしろ後の方がより良い遊びや旅行ができるでしょう。そのためには今のうちにお金が入ってくるシステムをしっかりと考えて構築しておくことです。

仕事は人間関係マネジメントが一番心がすり減る

それでもサラリーマン道へ進む方もいるでしょう。
大多数の方は、そうなはずです。

経営者にとってはありがたい限りでしょう。
特にブラック企業の経営者には笑

ただ、
その方へ言いたいことは、「人間関係で一生悩みますよ」という事です。

人間が抱える悩みの殆どは人間関係だと言われています。

サラリーマンになれば、好き嫌いにかかわらず必ず人と関係を持たなくてはいけません。

既に友人や家族、ご近所、親戚といった人間関係があるのに、そこにもう一山増えるわけです。

そこには気の合う人もいるでしょうが、そうそう都合の良い人ばかりが集まるはずもありません。

感情を抑え、気の合わない人とでも摩擦が起きないようにし、会社の利益を増やすために我慢をしなくてはいけないのです。

サラリーマンとして生きることとは

繰り返しますが、会社や経営者が儲かる為だけにあなたは働きます、

少子高齢化社会、頭打ちの経済、上がらない賃金。格差社会の拡大、、

このような環境の中で、ぼくを含めた若い人は中々将来を描いにくいと思います

ですが、現状ではそんな中で
サラリーマンとして働くわけですから

当然そのストレスは学生時代のものとは比べものにならないでしょう。傷つくこともしょっちゅうです。

時には精神疾患に繋がるようなひどい場合もあるでしょう。

でも生きていくためには仕方がありませんね。

それがあなたの選んだ労働者の道なのですし、そういうシステムの世の中で暮らしているのですから。

まだ雇われサラリーマンで消耗してるの

諦めるのか、目が覚めるのか。学生の今だったらまだ間に合いますよ。

あなたは自分の力で誰に命令されなくても収入を得ることが出来るようになれば、会社という組織に頼らなくても生きていけるわけです。

ぼくは、仕組みを作りたい

この世は誰かが不労所得を得る一方で
誰かがその人の分までせっせと働くシステムです。

搾取するのか、それとも搾取されるかという選択ならば、ぼくは搾取する側になりたいのです。

経営者になり、資本を蓄え
本当の意味で僕の替わりでは出来ないスキルを用いて商品価値を生み出し、

何かや誰かに縛られたり自己犠牲をすることなく生きる事のできる人間、
己の技術のみで安定的にお金を得ることのできる人間、

僕はこのような人達がまさに「これからの経営者〜資本家」だと考えるわけで、僕はこのような人間になりたいのです。

経営者になりサラリーマンから引退したいってビジョン

経済的に消耗しないで生きよう!という目標など

それを満たすにはまず時代遅れの人達に屈しない姿勢を持つことです。

僕のような新感覚の人間が現れると、それに恐れをなして潰そうとする人間が必ず出現します。

彼らは会社の労働者「サラリーマン」になるよう完全に刷り込まれていますので、それを否定するものは自分たちの社会を脅かすものだと敵対視してくるのです。

若い世代が新しいことを始め、それを上の世代がサポートするのが本来のあるべき姿であり、理想を現実へと導く手段ではないでしょうか。

少なくとも、ぼくはそう思うし
それが叶わない世界は
衰退しかないと思います、

実際、このような人達が居るから若い芽は潰され、社会は衰退していくのだと僕は考えています。

このブログの目指す所

このブログでは新時代の資本を持った経営者になるため僕が今努力していることやその過程を綴り、

共有していきたいと思っています。心に思っているだけでは弱い。

声に出して自分の信念を言う事で、その思いは形となり他の人々の心も動かし始め共有し、

賛同者が現れ、世の中を大きく変えていくと僕は信じています。だから声を大にして言っていきたい。

もし少しでも同じように感じている人がいれば、あなたも、世にその思いを発信して下さい。

自分の考えや行動を発信することはとても大事なことです。だからぼくも、このブログを運営しています

このブログを通しても、僕は若い人たちの助けになりたいとそう願っています。

また、その様な人がいたら心から応援したいと考えています!

まとめ

勇気をもって動き出しましょう、!
そこには誰も教えようとしなかった新しい世界があります。

あなたの勇気ある行動一つで、あなたの未来は変えられるのです。
それでは、これからもよろしくお願いします

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