インプットとアウトプットのバランスとは?勉強初学者向けに解説するよ!

初心者にはわかりやすくなんてよく言うんだけど、じつはこの「わかりやすく」ってのが一番むずかしいんだ。

だって人にはいろんなタイプがあって、順をおって理論てきに解釈するひと、耳できくのが分かりやすいひと、ビジュアル的のほうがわかり安いひと、

感覚的にかいしゃくするのが得意な人、読むのが苦手なひと、こんなにタイプがあったら、どんなアプローチで解説したらいいのかわかんなくなっちゃう。

自分じゃ分かりやすく話したつもりでも、相手によってはむずかしいかも知れない。

オイオイ!はじめっからそんな弱気でどうすんのって言われそう。なんだっけ、あっそうそうインプット アウトプットだったよね。

とにかく気をとりなおしてはなしをはじめて見ますね。

プレリュード(前奏曲)

ほんとは相手によって話しかたを変えたほうがいいんだろうけど、このシチュエーションしかないんだから、けつまくって独断と偏見ではなしをすすめるよ。

インプット

インプットって見たり、聞いたり、読んだり、経験したり、あらゆることからことからデータやソースを学習してとりいれるってこと。

ひとにはいろんなタイプがあるっていったと思う。たとえば本をよむのが苦手なひとは、いくらためになるっていっても苦手だから、なかなかインプットできなくて困っちゃう。

感覚てきにかいしゃくするひとに理論的なテキストを押しつけてもインプットがむずかしくなる、むしろ映画や動画をみせたほうが早いんじゃない。

ようするに苦手なソースからではインプットの効果、データそのものがスンナリとインプットとされないってことなんだ。

じゃあどうすればいいの?

こたえはシンプル。じぶんにあった得意なソース・アイテムからインプットとすればいいんだ。

どんなものからでも、そこのあるソースや入ってくるデータにかわりはないんだ。

な〜んだアイツは動画やアニメから情報をインプットしてるんだって、たいしたことね〜なって言うかも知れない。

あれっ、でもその(自分のものになった)データが、ほかの人が本からえたデータと同レベルだったら?まったくおなじ質のインプットをしたことになるんだよ。

ほかのひとと自分はちがうんです。ソース・アイテムや方法がちがうのは当たりまえのこと、得意なほうでどんどんインプットしなさい

えられる結果はどれでもみな同じなんだから。

メヌエット

プレリュードから中盤にはいってきました。 かた苦しい頭をすこしゆるめて、メヌエットみたいに優雅に踊ってみませんか。

ゴメンナサイ、なにを言ってるのっておこられそうなんで、ツッ ツッ つづけます。

空っぽなあたまは宝石箱

すこしあたまを休めて、ゆったりと空っぽのようにしてごらんなさい。いままでとはちがった新しい感じがするとは思いませんか。

空っぽだからこそ自然にインプットされる気がしませんか。それはいままで脳をガードしていた先入観や思い込みがなくなって、ソースがはいりやすくなったってこと。

インプットのデータやソースがふえれば、アイデアやクリエイティブな発想も浮かびやすくなって、アウトプットのはばも自然とひろがるんだよ。

だからあたまを空っぽにするってことは、宝石箱をあけるようなものなんだ。

リセット

人間の脳ってのはインプットして、長いあいだそのままにしておくと、だんだん固くなって融通がきかなくなってしまうものなんだ。

ちょうど鉄のハサミや包丁をながいあいだ使わないとサビだらけになっちゃうのと一緒。

だから適当なときにアウトプットしたり、もういちど空っぽにしてリセットすることが必要になるんだ。空っぽにするといっても全部が無くなるわけじゃないから安心して。

先入観や思い込みをへらす、そんなつもりでいったん頭をやすめるリセットが、つぎに活力を生む、リフレッシュした柔軟なインプットしやすい脳を作ってくれるんだよ。

カノン

カノンとはクラシックで、ひとつのメロディーをもうひとつのメロディーが追いかけるように絡みあって、さいごはカデンツァで解決しておわる音楽様式なんだ。

インプットとアウトプットの絡みあうかかわりとよ〜く似てるんだ。

アウトプットスキル

アウトプットとはインプットされたソースを外に向けて表現したり、かたちにあらわし行動すること。

たとえば学習しておぼえた知識をテストのときに答えにする、面接で自分をアピールする、プレゼンをする、発表をする、演奏をする、歌をうたう、

スポーツをする、研究実験をする、手紙を書く、ブログを書く、などですね。それじゃそのスキルについて話してみよう。

たとえば、本はよく読むんだけど話しかたはあまりうまくない人がいると、やっぱりそれぞれのスキルは別もの、と思いがち。

だけど、じつはインプットとアウトプットは密接にからみあっているんだ。

そのひとは読んだ本と関係のない内容のはなしだったので熱がはいらず、口べたに見えたのかも知れない。

本からインプットしたソースとマッチした話しなら、はなし方はは下手でも、説得力のあるアピールができたかも知れないんだ。

アウトプットスキルはインプットのあとを追うように、まるで音楽のカノンのように何回も何回もあとを追いかけてカデンツァで解決、目標にとうたつするんだ。

ようするにインプットとアウトプットをなんどもくり返すことで、はじめは下手でもだんだんと完成形のスキルに近づけるということ。

カデンツァ〜エンディング

「インプット アウトプット 例(たとえ)」について話してみたんだけど、何を言いたいのか少しは分かってもらえたかな?

分かりにくいことがあったなら、例(たとえ)におきかえてみると、理解できることがあるんだ。

冒頭でいったように、ひとにはさまざまなタイプがある、だから全部を分かろうとしないで、最初は自分にマッチしたものを、例(たとえ)におきかえてひろえばいいんだよ

じつは、この記事全体もひとつの例(たとえ)『組曲』になっているのに気づいたかな?

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