目の前に集中できない人が心得るべきこと〜個性の大きさはすべて皆同じ

目の前に集中することって、集中できない人にとっては、とても難しいことのように思いがちです。

でもじつは、とてもシンプルでカンタンなことなんです。そのヒントとしてこれから「個性の大きさはすべて皆同じ」という話をしてみたいと思います。

個性とは

みなさんは「あのひとはユニークで個性的」、「アイツは笑いをとるのがうまい」、「かれはまとめるのが上手でリーダーシップのあるやつだ」、

「彼女は個性的なセンスのもちぬしだ」などと、よく聞いたり、話したりしていませんか?

個性とはひとより秀でているとか、ユニークなひと、特徴的なひと、他人より変っていることと思っていませんか。

いっぱん的な概念(がいねん)

それに比べ自分は口べただし、これといったスキルも持ちあわせていない。平凡な目立たない性格だから、個性がないのではと思っていませんか。

「口べた」や「目立たない性格」、じつはこれもりっぱな個性なんです。世間いっぱんでは、いわゆる個性的なひとが、とくべつのスキルを持っているように評価されがちです。

それではこう考えてみてください。個性的なひとが、ビジネスで良い結果をだしているんでしょうか。

ビジネスで評価されるのは、その結果であり、その人の性格ではありません。また強いていえば、「個性」といういっぱん的な概念がまちがっているのです。

個性は玉のようなもの

ひとがもつ性質・性格のことを個性といいいます。個性は心の中にある玉だと想像して見てください。じつはだれの持っている玉も、その大きさや重さは等しくおなじなんです。

えっ、と思うかもしれないけどほんとうなんです。ただちがうのは玉の色です。その色のちがいが自分とほかのひととの区別になるんです。

しかしその違いは表面の色の差です。玉のなかはだれでも真っ黒です。絵の具の赤や緑、青や黄色、すべての色を重ねあわせると最後には真っ黒になります。

つまりだれでもすべての色をもっていることになります。ただその中の「ある色」だけが表面にでて、そのひとの個性のようにみえるのです。

つまり、だれでもほかの色に変われる可能性を玉に秘めています。それを見つけないでいるだけなのです。

玉の色がたいせつ

さっき「口べた」や「目立たない性格」もりっぱな個性といったわけは、玉の表面にでている色が「口べた」や「目立たない性格」という色で、

玉の内側にある別なあなたの色をみつけていないだけなのです。笑いをとるのがうまい人、リーダーシップのある人などは特徴的な色がおもてにでているだけなんです。

すべての人がすべての色をもっているはずですが、おなじ色になる必要はまったくありません。無いものを探せとはいいません。

いま目の前の仕事に必要な、あなたにピッタリくる色がかならずあるはずです。信じて、みつけだすことができれば最高です。

2.h2.集中できない人にひとこと

ユニークなひとを真似てみよう

ユニークなひとに憧れることはけっして悪いことではありません。また真似をすることは自分の色(個性)をみつける手助けにもなるはずです。

どんな芸術家もアーティストも最初はあこがれや、モノマネからはじめています。しかし憧れのひとと全くおなじになることはできません。

だってそのひとと、いくら同じように真似をしても、玉の表面の色は微妙にちがうはずです。

モノマネはそのちがいに気づき、じぶんの本当の色、じぶんにマッチしたスタイルを見つけるための方法のひとつだからです。ビジネスの世界でも同じことがいえるはずです。

気をつけねばならないこと

モノマネをしてちがいに気づいたとき、その差があまりに大きくて、ショックのあまり取りみだして自分を見うしなってしまうこと。これが一番こわいことです。

モノマネをしたターゲットがまちがっていたのかも知れません。目の前の仕事とはかんけいないモノマネをしてしまったのかも知れません。

でもこう考えてください。ターゲットを間違えようが、なかろうが、どちらでも、もともとあなたの玉の色とはちがってあたりまえ!

モノマネはあなたのオリジナルの色をみつける準備段階で、仕事の作業ではないからです。

これから自分にマッチしたやりかた(色)で作業にあたればよいのです。他の人の個性にまどわされないこと。

もういちど「個性の大きさはすべて皆同じ」をおもいかえして目の前をみてください。

気が散ってしまう自分

何かをしようとすると、すぐにほかのことを考えたり、目うつりがしてなかなか本題に入れないという人もいると思います。

学生時代にラジオやテレビをかけながら勉強をした、CDを聞きながらのほうが勉強がはかどったという経験はありませんか?

ひょっとしてこれは、あなたのなかに同時にいくつかのことをこなす能力(個性)が、潜在的にひそんでいるのかもしれません。

気が散るのはわるいこと?

気が散るということは、裏をかえせば同時にいくつかのことをしたいとおもう気持ち、同時にいくつかのことをこなすスキル(個性)があるのかも。

ひとつのことに「集中しなければいけない」という義務感がせっかくのスキルを殺しているのかも知れません。

むりにひとつのことにこだわらずに、あなたのスキルかもしれない個性を活かして、もっと自然に目の前にむきあうことが良いのかも知れません

聖徳太子

西暦500年代後半から600年代前半にかつやくした飛鳥(あすか)時代の政治家で聖徳太子という偉人がいました。

十七条憲法(日本最古の憲法)をつくったひとで、旧一万円札の絵になった人で知っているかたも多いとおもいます。

そのかたの伝説に「同時に10人のことばを聞き分け、いちど聞いただけで10人それぞれに対して適切なこたえをした」と言いつたえられています。

真実かどうかはわかりませんが、すくなくともヒントがあるような気がします。ひとつのことに集中していたら、10人のことばを同時に聞くことなんてできっこありませんよね。

むしろ、耳にはいるたくさんのことばを、あるがままに自然に受け入れることが、いくつもの答えをだすことができると言う「たとえ(教え)」のような気がします。

まとめ

個性の大きさはすべて皆同じなのだから、他人の個性にまどわされず、じぶんの個性を信じ、目の前に、あるがままに向きあってみましょう

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