目の前に集中できないことは人生の敗北を招く本気になる大切さ

今日は、本気になることはとても大事、本気とかダサいって言っている奴が一番ダサい、そういった話をしていきます。

ここでは本気とかダサいとかについて、ぼくがこれまで考えてきたことをまとめました。

なので今回はビジネスの話というよりも完全にぼくの主観というか、感想のような内容になっているので、あらかじめそのことは把握しておいてもらえると幸いです。

 

本気になる

ぼくは、この本気とかダサいという話は、一応両方ともやってきた人間かなと思います。

要するに、本気になっていた時期もあれば、「本気ってダサいよね」って思っている時期もあったんです。

空手に本気で取り組む

ぼくが本気で頑張っていたときというのは、たとえば空手をやっていたときですね。

気づいたらどんどん人数が減っているみたいなかなり過激な感じの部活、同好会に入っていたんですけど、そのときは本当に全力だった。

そこは血尿がでるとかそういうレベルの過酷さでしたし、気づいたら救急車が来ていたりもする、ちょっとあほみたいな部分もあるような部活でした。

なので自分の体調管理とかをちゃんとやらないと、本当にぶっ倒れちゃいます。そこで本気だったわけなんです。

本気の結果

本気だったがゆえに、本当に努力して頑張って、3年弱で黒帯を取得したことをはじめ、いくつかの結果をだすことができました

朝の6時に起きて練習をして、それで朝の8時くらいまでランニングする。夕方も剣道をして、だいたい3時くらいに終わって、6時まで稽古をする。

それで次の日また学校へ行って朝練習して、休日も練習して、どこかの練習試合に行って、休みは週1回みたいな感じで、マジで取り組んでいたんですね。

マジでやっているときは、当たり前かもしれないんですが、やっぱり滅茶苦茶疲れるんです。

本気がゆえに疲れるんですけども、でも同時に、本気でやっていると結構楽しいんですよね。

アドレナリンがでてくるというか、全力でいまを生きている感がでてくるので、すごい楽しいんです。

本気で勉強をする

あとぼくは浪人生のときに、本当の全力で勉強をやっていたんです。

周りの人はぼくを見てどう感じたかというと、髪もボサボサでしたし、服もずっとジャージだったので、たぶんザ・浪人君みたいなふうに見えていたと思います。

やっぱり浪人のときって、どうしても悲壮感が漂うとか言われると思うんです。

でもぼくは、いままでできなかった勉強がだんだん楽しくなっていくという感じを味わえたので、結構おもしろかったんですよね。

 

本気をダサいと感じる

ここまで書いた通り、スポーツも勉強も全力のほうが楽しかったんです。でも大学に入って、ぼくは燃え尽き症候群みたいなものになってしまいました。

本気をやめる

高校で部活も勉強も両方を全力でやってちょっと疲れたので、少し息抜きしてもいいかな、ちょっとダラダラ過ごしてみるかみたいな感じになったんですね。

なので、学校の勉強とかも結構手を抜いたし、スポーツとかもやらなくなって、かなり適当に生きていたんです。

本気の人を見て

そういうときに、大学の部活に入ってスポーツを頑張っている人とか、勉強とかですごい真面目に本を読みまくって勉強をしている人が目に入る。

すると、ムカつくわけではないんですけど、「それ本当に楽しいんですか」「いや、本気とか疲れるからやめとけ」みたいに、斜めに構えそれを見ちゃったんです。

いわゆる本気で頑張っている人を否定するみたいな感じで、「本気とか全力とか楽しいの」「疲れるだけじゃん」みたいなことを思っていました。

本気だったことを思い出す

でも、スポーツとかを全力でやっている人たちを「ダサいじゃん」と言いつつ、いつも頭に浮かぶのは過去の本気で頑張っている自分だったんです。

「本気とか全力とかダサいじゃん」と言いながら、浪人で必死に勉強したときとか、剣道でひたすらやっていたときを、楽しかったなと思い出している。

そのときはそんなに意識してなかったんですけど、言っていることと考えていることが違うだろと、当時の自分に言いたいです。

つまらない日々

ぼくは大学生活は適当にダラダラ過ごしていました。なので、あんまりおもしろくなかったんです。

もちろんつまらないかって言われると、つまらなくはない。

でも、そこまでおもしろくもないよね、みたいな。何か目の前に集中できるのはないかなー、みたいな

それはどちらかといえば、積極的なおもしろさではなかった。だから、ひたすら酒ばっかり飲むみたいな感じの生活になってしまったのかもしれません。

 

改めて本気になって

それでぼくはいま、こうやってネットビジネスをある程度本気でやっているわけです。

だから高校の部活と浪人に続いて、人生で三度目ぐらいに本気にやっていることという感じになります。

遊びでやって楽しいのか

じゃあ、いまどう思っているのかというと、何事に対してもそうなんですけど、「遊びで適当にやって楽しいの」と思うようになりました。

大学のときとかは、「本気とか全力とかダサいじゃん」と思っていたんですけど、そのうち「じゃあ、遊びをやって楽しいんですか」って言われて、その微妙さに気づいた。

 

目の前に集中すること

目の前に集中することがなによりも大事な訳で目の前に集中出来ないことは敗北からの死を招く。

あくまでこれは、完全にぼくの主観なんですけどね。

評論家として

ぼくは、どちらかといえば批評家とか、評論家になっていたんです。

当時は「本気とか全力とかダサいじゃん」と思いながらも、ぼくは剣道の部活をやっていたときのビデオとかを結構見てたんです。

あのとき頑張ったな、みたいな気持ちになりながら本気で頑張ってるビデオを見る。言ってることとやっていることが違いますよね。

他には大学に入ったにもかかわらず、相変わらずネットで勉強法とか、偏差値ランキングみたいなのを見てる。

あとは、YouTubeで剣道の大会を見るとかもしていた。とにかく過去を懐かしんでいたんです。

「なに過去を懐かしんでるんだ」と当時の自分に言いたいんですけど、そんな感じで本当に評論家になっていたんです。

評論家になって気づいたこと

ぼくがそんな感じの生活を送って思ったのは、何事もやっぱり本気だしたほうが絶対に楽しいということなんですね。

ネットビジネスをべつに遊びでやっているとは言わないんですけど、片手間にやるとか、空いた時間にやりますという人もいると思うんです。

じゃあそれって楽しいのかと考えてみると、微妙なんじゃないかと感じます。

ぼくもかつてネットビジネスでノウハウコレクターだった時期があるという話をしたんですけども、そのときはマジじゃなかった。

楽に稼げたらいいか、今日は面倒くさいからやめておくか、みたいにすごい適当な感じでそれをやっていたんですね。

だから楽しくなかったし、同時に継続というものができなかったんです。

本気になる楽しさ

じゃあいま、こうやって本気をだしてやってるときはどうなのかというと、おもしろいんです。

つらいことも多いんですけど、やっぱり全力をだしている分おもしろいんです

だからぼくは、「本気とかダサくね」と言っている人にはもうなりたくないと思ったし、どちらかといえばそうやって叩かれる側の人間になりたいなと思った。

叩かれる人になる

よくホリエモンとか、ヒロユキさんとかがすごく叩かれてますよね。ネットのにちゃんとか、掲示板とかで。

じゃあ、その叩く人と叩かれる人のどっちが人間的に魅力があるんですかっていったら、明らかにその叩かれている側の人間です。

だから、ぼくはシニカルに世の中を見て、「世の中ってこういうもんなんだよ」「人生そんなもんだから」と言っている側の人間にはなりたくないと思ったんです。

大学生が何を言っているんだよとたぶん思う人もいるでしょうし、聞いていて不快な人もいると思うんですけれども、ぼくはそっち側の人間になりたいと思った。

だからぼくは、これからも様々なことに本気の全力で取り組もうと肝に銘じています

 

まとめ

今回はビジネスの話ではないんで、記事にあげるかどうかはちょっと微妙なところではあるんですけれども、ここまで書いてきました。

あくまでマインドとして全力でやりましょう。ネットビジネスも全力でやったほうが楽しいよ、そういう話になります。

ネットビジネスの本気とは何かというと、単純に自分の持っている時間とか、自分のパワーを全部そこにそそぐっていうことだと思うんです。

たとえば、メルマガをひたすら書くとか、サイトを一晩で作り上げるとか、そういう感じの話になってくると思うんですね。

持っている自分の時間を全部そこにつぎ込む、それはたぶん本気になるってことですし、ぼくは明らかにそっちのほうが楽しいんです。

「今日一日で、こんなにコンテンツ作ったぞ」「今日こんなにやって、リストこんなにできたぞ」ってなるほうが、少なくともおもしろいと感じています。

ちょっと長くなっちゃったんですけど、これは完全にぼく個人の主観であると理解したうえで聞いていただければと思います。

ということで以上になります、別の記事もまた見てもらえればうれしいです。

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