誰からも嫌われない人はいないって知って人間関係を整理しよう

今日は、誰からも嫌われないひとは誰からも好かれないという話をしていきたいとおもいます。

素の自分を出していく①

以前ビジネスをやっている人たちと焼肉にいく機会があって、そこである人がいった言葉がすごく印象にのこっていて。

その人は、人にむりに気をつかうのはめんどくさくないですか?ということを言ったんですね。

ぼくは、これはまさにその通りだなと思って。それで素の自分をさらして、離れていったらしょうがないよねと。

ぼくも大学のサークルに入ったばかりのころは気をつかってたんです。

気をつかい続けるのは無理

ひとの目を気にしていたので、行きたくないカラオケに行ったりとか、むりやり話をあわせて、酒をアホみたいに飲むとか。

そうやって仲良くなった人もいるんですけど、そういう人たちとは疎遠というか、話さなくなるんですよね。

人にむりに気をつかって仲良くなったところで、自分が永遠に気をつかわないといけないわけですよね。結局、演技した自分と仲良くなっているわけだから、そのままずっと続けなきゃいけないわけです。

それがめんどくさいという話もあったんです。気をつかうくらいなら、一緒にいなくてもいいみたいな。これって情報発信とも似ているなとおもいまして。

情報発信でも誰からも嫌われない人って、誰からも好かれないんですよね。

素の自分を出していく②

嫌われないということは、認知されていないということなんです。

もちろん、情報発信のスタイル的に嫌われないとかもあるんですけど、ぼくの場合は、はなし方的にうざいみたいなことが言われるので、アンチはでるんですよね。

以前、友達がサイトをながく運営していたときに、記事をこうやってかいていたんですけど炎上の嵐で、しゃべるな、カスとかいろいろたたかれまくるわけですよ。

嫌われた分だけ好かれる

ただ、そうやってたたかれる分ファンの人も増えてくるんです。実際に言ってることは正しいとおもいますというふうに、自分のお客さんになってくれる人もいるんです。

むしろ、嫌われた分だけ好かれるんですよ。アンチとファンの数は、ぼくはほとんどおなじだと思っています。情報発信でも、誰からも嫌われないひとって誰からも好かれないし、認知されていないんですよね。

素の自分を出していく③

いかに自分の世界観に興味をもってもらうかということが大事なんですけど、そこで認知されないというのが一番問題なんですよね。

認知されないって、要するにみてもらえてないということですから、相手のこころに入れていないわけです。

気をつかっても感情はうごかない

感情をうごかすことが大事なんですよね。だからアンチができるほうがいいんです。アンチは拡散力があるのでひろめてくれるわけです。

情報発信で相手の感情をうごかせなかったら、なんの意味もないんですよね。

誰からも嫌われない人というのは、むりに人に気をつかったとしても、相手の感情をまったくうごかせていないんです。

相手の感情をまったくうごかせていないから、実際になかよくなることもなかったんです。はなしていて無難な会話というか、ありきたりな会話をずっとしていたんですよ。

酒や恋愛の話とか、あとはサークルの話とかも。あとは単位やバイトの話とか、こんなもんなんですよね。こんな無難な会話しかないんです。

はなし自体がつまらないというか、わざわざここで話すのか、みたいなネタってあるじゃないですか。べつにうすい会話がわるいと言っているわけじゃなくて、ぼくはうすい会話がすごく嫌いなんです。

べつにそれってだれでも話せるし、べつに今こうやってはなす必要ないんじゃないって思っちゃうタイプなので。

無難な会話をしながらも、相手の感情をうごかせるひとっていると思うんですけど、ぼくはぜんぜんそんなことなくて。

逆にこういう会話をすると、ぎこちなくなっちゃうというか。それで相手の感情をうごかせず仲良くなれなかったわけですよね。

素の自分を出していく④

ぼくは孤独にはなりたくなかったんです。たとえばサークルとかも入れず、ひとりで授業をうけるとかすごく嫌だったんです。

あいつひとりで行動してるよとか、ひとりでご飯たべてるよと思われるのが、すごく嫌だったんです。

それでぼくは人の目を気にしてたんですけど、それで仲良くもない友だちと話してても、つまらないということに気がついたんです。

つまらないというか、めんどくさい。まさにその友だちが言っていたことです。

嫌われるけど好かれる人

それでこういう素の自分をだしていったんです。このうざそうな感じ。思ったことをズバズバ言うとか、そっちのほうです。

もちろん離れる人もいましたね。なんだこいつはとか、デリカシーないなとか。ストレートだよねみたいなことを言われまして。

その分はなれていく人もふえましたけど、仲良くなる人もふえたんです。ぼくはこれがすごく意外でした。嫌われるけど好かれる人もいるみたいなのを、ぼくは考えていなかったんですね。

嫌われる人は100パー嫌われて、好かれる人はだれからも好かれるみたいな。そういう印象だったんですけど、それが違ったんです。

響く人と響かない人がいるのは必然

嫌う人もいるけど、好きになってくれる人もふえるんですね。これはなぜかというと、素の自分をだせば、響く人には響くんです。

こいつおもしろいなみたいな。ズバズバ言うようになって、へんな人と仲良くなりましたね。

ズバズバ言うと、普通の集団ではうとまれるというか、個性が強い人はあんまり好かれないというか。でもその分、好きになってくれる人もふえたんです。

情報発信にも当てはまる

これは情報発信とおなじなんです。ビジネスやるとコミュ力があがるというのはまさにここで、ビジネス自体は、お客さんに価値をあたえるということなんですよね。

そうなると、やっぱり人間関係でも価値をあたえて話すということについては同じことなので、ビジネスやるとコミュ力が上がるというのは本当にそのとおりですね。

だからたまに人と話していて、こうやって素の自分をだしていいのかと思うこともあったんです。好きになってくれる人もいますけど、嫌う人もいるわけですね。それでいいのかみたいな。

ぼくはどうしてもうぬぼれていたというか、だれからも好かれるようになろうと思っていたんです。

でも誰からも好かれようというのは、結局自分が好きだっただけで、嫌われたくないということしかなかったんです。

それで、このスタイルはいいんだなということを情報発信でも実感したんです。情報発信でも嫌われた分だけ好かれるというのは、人間関係とおなじだなと。

だから自分はこのキャラでいくだろうし、アンチもふえていくとは思いますけど、これがたぶん素の自分なんだなということを感じたんです。

まとめ

かなり話がずれちゃったんですけど、誰からも嫌われない人はいない、あるいは、誰からも嫌われない人は誰からも好かれないよという話をしてきました。

これは好みがわかれるというか、そうではないという人もいると思うんですけど、響く人には響くと思うので、今回記事をかかせてもらいました。ありがとうございました。

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