勉強で人格形成はできないと知ってますか??勉強より大事な事を書いていく

みなさん、こんにちは。

座学という意味は教師となる人物の授業を座った状態で聞いて受けている行為を表す言葉です。

ただし教師がいなくても知識を習得する方法としては本を読むことも有効なので、この学習方法も座学に含まれているでしょう。

しかし座学によって知識を習得できたとしても、それが一人の人間としての人格形成における成熟度に直結しているのかは疑問となるところです。

人格の成熟と組織との関係性

人格の成熟とは生きていくための大きな目的となっています。

それは人格が高まれば、人生に対して目標や達成感を持てるようになるからです。

これはどんなにお金を持っていても得られない価値観となって人間に充実感を与えてくれるので、この人格の成熟で得られる価値観はとても大切になっていきます。

人間が集まって成り立っている組織の中では一定以上の人格の成熟度の高い人々がいて、組織のために活動しています。

このような人々が協力していけば人間の集合体である組織としての成果は上昇していくのです。

人格の成熟している人々が集まってこそ組織として高い効果が得られるのですが、もしも人格の成熟度の低い人々の集合となっている組織ではどうなるでしょうか。

例えるなら犯罪組織のような集団で、一つの目的のために犯罪行為が成功したとしましょう。

そこで人格が成熟していなくて個人の利益を優先する人ばかりだと、結果として犯罪行為で得たものを独り占めしようとして揉め事が起きてしまうのは簡単に想像できますよね。

家族も小さな組織の一つ

人々の集まりというのは企業や組織だけではなく、家族というのも小さな組織と言えます。

家族というのは自分の本音や本心をさらけ出しやすいので、ここで人格の成熟度が低いと家庭崩壊といった悲しい結末を招く可能性を持っています。

一人で生きていくなら別に関係ないのですが、身内といっても集団の中で生きていく上では人格を高めるのはとても大切なのです。

この人格の成熟は知識として座学から教師に授業を受けているだけでは得られませんし、本を読むだけではただ知恵がつくだけで人格形成にはあまり効果がないでしょう。

乱暴な言い方をすれば座学は最低限度の知識を得られればいいとなってきます。

人格の成熟度を高める最良の方法とは

座学で知識を得るのが全くの無意味とは言いません。

ただ人格を高めるには知識を深めるよりも多くの人に会う経験こそが大切だとぼくは考えています。

知識というのは使ってこそ意味を持つのですが、それを使わずに持っているだけでは孤立するだけだと思いませんか?勉強で人格形成はできないのです。

自分さえ良ければ他の人などどうでもいいという自分の世界に閉じこもってしまえば、他人に関心を持てずに人の気持ちを理解できない人格の成熟度の低い人間になってしまうでしょう。

「孤立」が持っているデメリット

孤立というのは誰からも干渉を受けないので気が楽だと言う人もいます。

ただしそこに高い知識を持ってしまうと、自分以外の他の人を見下してしまう傾向が強くなり、そこから世の中そのものを馬鹿にしていくようになっていきます。

自分が他の人よりも上だと考えるようになってしまうと相手に対しての敬意という心は失われて、常に上から目線での対応になってしまうので更に孤立感を強めていくだけです。

だからこそ知識ばかり詰め込んでいても常識のない高学歴の人が増えていくのですね。

全ての高学歴の人がそうだとは言いませんが、そのような人が多いのは間違いではないでしょう。

それからすると、知識というのは必要なものだけを習得してそれを他の人に対して使うという行為をすれば、それこそ生きた知識となって体にしみついていくとは思いませんか?

持っている知識としては限定的であっても、それらを上手に使っていろいろなケースで応用していければ、問題をうまく解決して充実感を受けることで人間的に成長していけるのですね。

知識が決して無駄だということはないのですが、それよりも得た知識を他の人に対して使うことこそ大切なのです。

「孤立」を防ぐための方法とは

人間である以上、好きな人もいれば何をしても好きになれずに嫌いな人もいますよね。

初対面で相性の合わない人と会って人格を高めろとは言いません。最初は自分の好みというか話しやすい人と会い、次に好きでも嫌いでもない人に会う。

この好きでも嫌いでもない人との出会いは次への段階に進むためには必要になっていき、このような人と接点を持ち続けていけば、次にどんな人が来てもある程度の対応はできるようになっていきます。

好きなタイプの人ばかりと会っていれば気をつかわなくていいし楽しいのですが、そんなタイプの人と将来に渡っていい人間関係が続けられるとは限りません。

逆に人間というのは苦手とする人の方が圧倒的に多数を占めています。

何か座学と人格の話題から関係なくなっていると思うかもしれませんが、好きな人とだけ会って価値観が違っていたり相性が合わない人を排除していたら、それは知識を詰め込んでいるだけで人間との関わりを断っているいる人と同じとは言えないでしょうか。

それは違うよ、と言う人もいますが、人格の成熟度での話からすると、好きな人とだけ接していてそうでなければ会わないということと、知識さえ持っていれば人間との関係など無意味だと思っている人とでは、人格の成熟がそこからは高められないという点では同じだと言えます。

人格の成熟度はいかにいろいろなタイプの人と会うかということにあるので、同じタイプの人とばかり会ってると、それで人格の成長があると言えますか?

やはり違いますよね。

人間には個人によって考え方が違っているので、それがタイプの違う人ならば全く違っていると言っても間違いないでしょう。

人格を成熟するためにはそういったいろんな考え方を持っている人と会い、自分では考えもしなかった新しい考え方を受け入れることこそ、人格を成熟させていくのではないでしょうか。

本来なら自分の嫌う人こそ人格の成熟をより高めてくれる貴重な人材なのですが、やはり最初から苦手な人では新たな出会いを求めるという向上心を失ってしまいますよね。

だからこそ最初は気が合いそうな人からで構いませんので、それからは少しずついろいろなタイプの人に会うようにしていき、最後の段階で苦手な人と会ってみましょう

これがターニングポイントになります。

苦手な人と会うとやはり合わないとして好きな人だけ会っていこうと逆行してしまうこともあるでしょう。

しかしそれとは違ってその人の一部分や外見だけで嫌っていたのに、実はとてもいい人だったと考え方を改めたり、これから先は今まで苦手と思っていた人にも自然に接していけるかもしれません。

人格の成熟はリーダーシップには不可欠

自分のタイプに関係なく人と接していかなければいけないのは、集団の中でリーダー的な役割を持っている人です。

リーダーシップというのは人を引っ張っていかなければいけないので、そこにあいつは嫌いだからという感情を持ってはいけません。

組織の中で上の立場を狙いたいと思っているのなら、このリーダーシップとしての考え方は誰よりも強く意識してもらいたいものですね。

人格の成熟度は将来に向かって大切になっていく

社会に出ると好きな人よりも嫌いの人が増えていくものです。

学生ではクラスメイトや先輩、後輩になりますし、会社では同僚や後輩、上司になります。

一時的に嫌いな人に合わせてその場を乗り切ったとしても、それでは完全に苦手な人との対応を習得していないので、いつまでも同じ対応ができるとは限りません。

逃げるのは簡単ですが、それでは人格の成熟はそこで止まってしまいます。

いきなり会社のような場所で行うのが難しいのなら、初めはプライベートの場面から行ってみてはどうでしょう。

逃げてばかりいると逃げ癖がついてしまい、何でも嫌なことからは背を向けてしまいますよ。

まとめ

知識を詰め込んでしまうのが絶対的な悪とは言えません。

しかし知識だけ持っていて人間嫌いになってしまうと、頭でっかちで他人を見下す態度をしてしまいがちになり、通常は嫌われる人間になってしまいます。

ですからぼくは知識を究極的に高めるよりも、最低限度だけ持っていて常識というものをちゃんと理解し、それを基準にして多くの人と付き合っていける人こそ生きた知恵となって、その人の人格を成熟させていってくれると思っています。

個人的な考えなので絶対に正しいとは言えませんが、ぼくなりの理想として持っている考え方なので、これを参考にしてくれていい人生を送ってくれればとても嬉しいです。

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