死を意識せよ!自分の人生を生きる全ての人に知って欲しい死を考える意味と効果!

いきなりですが、ぼくたちはいずれ必ず死にます。
「何を当たり前のことを」その当たり前のことを、普段どれだけの人が意識して生きているでしょうか?
ぼくは介護施設に何度か足を運んだ事もあり「死とは何か」を考える機会が非常に多く、
つねに死を感じて生きています 死を感じると同時に、生のありがたみというのも感じられるようになりました。

「死ぬを考える」というと「暗いやつだ」と言われたり「暗い」というイメージをもたれたりしますが、
そもそも常に死を感じられていない人というのは生きていることへの実感も味わうことができないと思うんですよね。
「生きている」と感じるときこそ「死んでいく」ことも意識できるのです。

ダラダラするな、計画を立てよ

もう一度言いますが、人はいつか必ず死にます
平均寿命に従った場合は、80才です。日に換算したら、365×80=29,200日なんですよね。
なんと3万日無いくらいです、、。

例えば、読者のあなたが25歳かつ80才で死ぬとしたら、あと55年しか生きられないことになります。
さらに、この55年という残り寿命は、一般的な平均寿命から計算した年数であって確実な寿命ではありません 実際には明日突然死んでしまう可能性もあるのです。
たとえば、散歩中通り魔に襲われたりトラックにひかれてしまったり理由はいくらでも考えられます。
もしくは、一時間後に心臓麻痺で突然死して死んでしまうこともありえますしね。
確率的には限りなく低いですが、0%ではないのがリアルです。

この記事を、見ているみなさんには一日をダラダラとせず、しっかり計画を立てて行動して頂きたいと思う。
もちろん、今現在、あなたがこうして生きることができているのは、昨日という一日を生きのびることができたからです。
つまり毎日がぼくたちは「死ぬ可能性」と「生きている可能性」のあいだにいます。

死の存在は誰にでも平等にあります。
それを常に意識できているかどうかがその人の行動の根源を左右していくのです。
ぼくは人間の行動の根源や欲求の源泉というのは、その人の死生観に由来すると考えています。

よく「どのようなキャリアを歩みたいのか」「どのような人生を送りたいのか」という質問をする人がいますが、それでは漠然としすぎていて、うまく答えることができません。
逆に「どのような最期を迎えたいですか」という質問の方が、その答えは見つけやすい。
日本人は死に対して忌まわしいもの考える傾向が強くなかなか向き合うことがありません。
ですが自分の死に向きあうことで、自分なりの死生観を知ることができ、人生に覚悟が生まれます。

今まで勇気が出ずに「自分には無理だ」と行動できなかった人も 自分が突然死ぬかもしれないと意識したことで「このまま死ぬのは嫌だ」と自動的に行動できるようになるのです。
この覚悟の前提には死への恐怖があります。
誰でも死ぬのはこわいと思いますし、ぼくも死ぬことがおそろしい。
でもだからこそ、その死への恐怖から覚悟が生まれ、行動できるようになるのです。

ぼくが初めて人の死に直面したのは、小学2年生のときです。
祖母が亡くなったのですが、当時のぼくは葬式やお通夜の前の日はずっと眠れませんでした。
自分もいつかあんなふうに死ぬのかと思うとおそろしくてたまらなかった。

死について考え、自分の人生に責任を持とう

ずっと死について考えていると、自分の人生に対する責任感がわいてきました。
「人間は死ぬことは避けられないのだから、100%の力でいい人生をつくっていくしかない」
と感じるようになったのです。
そこから「自分がどのように死にたいのか」ということを考えるようになり、その為に行動する訳ですね。
どのように死にたいのかというのは どんな計画を立て、行動するかの繰り返しだと思います。

ゴールが決まれば、そのゴールに行くためのルートがしぼれますし、
それを考えたときに ぼくはネットビジネスをやるのが今、最良だと思いました。
だからこそ、いまこうして記事を書くこともできているのです。

人生はマリオとは違う

人生は勝ち続けないといけません
一度の失敗は人生の、失敗に繋がります。

ぼくは、こうして死や人生について考えているうちに、人生はゲームのようにはいかないものだ、と思いますよね。
ぼくは小さい時にマリオなどのゲームで遊んでいました。
マリオは人と違って何回死んでも復活するんですよね。
そして、プレイヤーはプレイ時間を増やせば、増やすほど、ひたすら腕が上がりますが、人生は違う。

たとえば、通常の人はその逆で、ある程度のレベルになると、どんどん下がってしまいます。
老化→死ですよね。
例えばどんなに強いボクサーであれ30代辺りから下り坂になるのは、仕方がないのです。

村上春樹著作『1Q84』の一説でも
「死というものは突然やってくるものではなく自分の体の中を徐々に蝕んでいくものだ」と死いうような言葉があります。
まさにそのとおりで、人間の体や精神は「死を迎える為に」だんだんと退化していきます。
やればやるほど上がっていくのが常識のゲームではありえない展開です。

人生で何をしたいのかの計画をしっかり死を前提に作れ

そんなクソゲーだからこそ、生きられている間は楽しむべきだし、どんなかたちで死というエンディングを迎えるのかを考える必要があります。
人生が死亡確率100%のクソゲーであるいうことを理解したうえで 死生観を形成していきましょう。
そして、その死生観を行動に繋げよう。

まとめ

ということで 少し重いテーマでしたが、人生は死を意識してから、行動せよという話をしました。
以上になります。

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